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過去のTHE BIG ISSUE記事

THE BIG ISSUE は、ホームレスの人しか売り手になることができないユニークな雑誌です。
雑誌を作り、その販売という仕事を提供することで、ホームレスの人々の自立を支援しています。

1991年にイギリス・ロンドンで始まったこの事業は、今では世界各地に広がっています。
THE BIG ISSUE は、イギリスなどではチャリティの一つとして最も有名なものの一つであり、THE BIG ISSUEの表紙を飾ることは一種のステータスにもなっています。

日本では2003年大阪から販売が始まりましたが、創刊14周年を迎える2017年までに、北は北海道から南は鹿児島まで15の都道府県の路上で販売しており、今後の展開が注目されています。

BIG ISSUE335 ビッグイシュー日本版 335号 CONTENTS
【スペシャルインタビュー】ポール・マッカートニー
『リバプールで大家族に生まれたのは幸運だった。 僕の歌のいくつかは、親戚中が集まって歌った、 あの魔法のような瞬間からインスピレーションを得たもの』

 16歳の頃の僕の望みは、学校の試験に何とか合格し、ギターを学ぶこと。そして、女の子とデートすることだった。でも、女の子とデートするなんて当時は不可能に思えたし、絶望的だったね。自分に自信がなかったから。女の子はみんな僕の世界の外側にいて、一体どうやって「映画へ行かない?」と誘えばいいのか、さっぱりわからなかった。
 とても怖かったよ。何をどうすればいいのか? 彼女の肩に腕を回すのか? 一緒に座って彼女が先に話し出すのを待つべきか? 緊張とプレッシャーだ。女の子を映画へ誘うのにたしか2回ほど成功したと思うけど、ジェームズ・ボンドのような洗練されたデートにはならなかった。
   後になって、僕が16歳の時に女の子に対して持ったあの感情は歌にできると思いついた。すると実際、ロマンチックな感情だけでなく、それ以外のことを書く時も16歳の頃を思い返すようになったんだ。
 たとえば、リバプールで当時住んでいた近所には何人かの老婦人がいて、僕はその中の一人と仲良くなった。彼女の家へよく行って、買い物をしてあげたんだ。それから、彼女の人生についてしばらくおしゃべりをした。まったく違った世代の人と話すのはとても魅力的だったね。「ただのおばあちゃんじゃないか」と片づける代わりに「彼らも昔は若い時があり、今の僕も共感できるおもしろい経験を積んでいるのだ」と理解していたから。老婦人の買い物を手伝うのはとても楽しくて、ためになる経験だった。その経験からさみしい人々について書いた歌「エリナー・リグビー」ができたんだ。
 最近、米国で銃規制を求めるデモに参加し、自分も「親友を銃で失った」と話したポール・マッカートニー。そんな彼が「16歳の自分」をテーマに、ジョン・レノンとの友情や、名曲の誕生エピソード、家族への愛、成功の予兆となった“不思議な夢”について語った。

【特集】樹木と対話
私の分岐点 ― 小林 聡美さん

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